『聖なるズー』濱野ちひろ氏。人間と動物との深い愛情について。

『聖なるズー』濱野ちひろ

「ズー」とはなにか。男女の、または男子同士の女子同士の恋愛があるように、人間と動物との間にも恋愛感情は存在し、その感情を持った人々のことを「ズー」と呼ぶ、とのこと。それは飼い主とペットでは説明がつかない関係性で度肝を抜かれます。著者の濱野氏の最初は危なっかしいともみえる取材にも、「ズー」と自分たちを呼ぶ人々は落ち着いて語りかけてきます。きわどいどころではない題材と内容に、読んだ人は見たこともない扉を開くことになるのです。

『聖なるズー』濱野ちひろ 集英社文庫

 

濱野ちひろ( はまの・ちひろ)
ノンフィクションライター。1977年、広島県生まれ。2000年、早稲田大学第一文学部卒業後、雑誌などに寄稿を始める。
インタビュー記事やエッセイ、映画評、旅行、アートなどに関する記事を執筆。
2018年、京都大学大学院人間・環境学科研究科修士課程修了。現在、同研究科博士課程に在籍し、文化人類学におけるセクシュアリティ研究に取り組む。(集英社HPより)

 

「ズー」という存在を知る由もなかった

 

著者はこう明記している。

ペットとして飼いならされている動物たちは一般的に”子ども”扱いとなる。”子ども”には性欲はない、そしてペットは去勢するのが通例となっているため、ペットの性欲などないものとなっている。”その子たち”は人間である飼い主の親友や家族ではある。

一般的な考えはこうだろう。人間と動物が互いに恋愛感情以上のものを持つことはあり得ない。動物の気持ちは人間が勝手に推し量っているだけだ。その対等ではない関係で”行為に及ぶ”のは虐待以外のなにものでもない。そのため、その一線を越える又は越えようとしている心情を口に出すことすらタブーだ。

著者は交際相手からの10年もの間続いた性暴力からやっと逃れた。その後入り直した京都大学大学院で一つの課題を見つける。それが「獣姦」及び「動物性愛」。そのテーマは深い傷を癒すというより踏み台にしたようにすら見える。読む側も覚悟がいる。

 

ドイツでのズーたちとの出会い

 

ドイツに動物性愛の正当性を訴える団体があることを知った著者は、単身ドイツへ向かう。その団体の中で世間に対してカミングアウトしているミヒャエルという男性と会うシーンは非常にスリリングだ。著者の友人にでもなったように、彼女の身を案じながら読むこととなる。

彼女がインタビューしようとしていることは、動物との行為についてという極私的なことだ。初対面の外国人とそれについてやり取りすると考えただけで震えるような心地がする。内容的に街中のカフェで、というわけにもいかず著者は覚悟を決める。ミヒャエルの運転する車で彼の自宅へと向かった。

この本によると、ことさらドイツが多様な性に寛容な国なわけではないという。日本での反応と変わらず、この国で動物を対象としている人々なんているのか!? といった驚きであり、カミングアウトした人物への誹謗中傷は数知れないという。

それでも日本から意を決して自分たちの話を聞きに来た著者に、ミヒャエルは話を始める。彼は思春期の頃、近所で飼われている犬に触れた時に衝撃を受けるような心地がし、自覚したという。「生来のズー」と本書では明記している。生まれながらにその気質を持った人物だ。

もちろん気が付いたからといって積極的な行動に出られるわけでもなく、一人暮らしをはじめてからオス犬のパートナーを得たという。自分の中でとどめておけない気持ちを普及し始めたインターネットで明らかにし、少しずつ現実の賛同者を知ることとなったそうだ。

『聖なるズー』濱野ちひろ

さまざまな「ズー」のありよう

 

例えば人間の男性同士とか女性同士の恋愛関係では、役割がある。それは動物と人間の間でも同様だという。動物のオスと人間の男性。メスと女性のカップル。

ミヒャエルとの信頼関係を築き、彼に紹介される形で著者は様々な愛情表現をドイツ各地で見ることになった。大型犬を飼い始めてから動物からの誘いと自身の自覚が一致したひと。ズーの男性と結婚した女性が飼っている犬と深い愛情関係になったという家族。

極プライベートなことを、著者は彼らの家にホームステイしながら聞いていく。彼女はもちろん自分の過去の経験を彼らに話すことにもなり、相互自助のようにお互いが言葉で癒しているようにも思える。

 

 

動物との対等性という問題

 

動物虐待を行うヒトが対人でうまくやっていけるはずがない。この本に登場するズーたちは心優しい穏やかな人々という印象を受けた。

言葉を発しない動物からの誘いを誘いととらえること。行為に及ぶことだけがズーではないこと。犬や馬がパートナーの人もいれば、ネズミが同居人である人もいる。

日本に戻り、ドイツでのズーたちのありようを公式の場で発表した際には、医師から「それは精神疾患だ」と言下に否定されたという。この本を読んで「みんなちがってみんないい」などと牧歌的な感想を抱くひとは少ないと思う。それでもこの事実を知ることができてよかったと思えるのではないだろうか。

動物と人間の間の愛情は、言葉という媒介がない。それだけ人間カップルよりも更に繊細で親密なやり取りが求められるはずだ。

本書の冒頭では緊張が続く著者の歩みが、ズーの人々との親密な交流を経て、ゆっくりと浄化されている様子も読み取れる。濱野さんはご自身の深い深い傷を嘆くことで終わらず、海も大陸も言語も超えて果敢に話を聞き、こうして書籍としてまとめ上げた。

みなが彼女のように行動できるわけではないが、新しい扉を開いて立ち止まらない気持ちも時には必要なのだと、濱野さんに教わった。

『聖なるズー』濱野ちひろ

私はこの書籍を紹介するにあたって直接的な単語を全く使わなかったが、この本は単語だけでなく行為の内容まで事細かく書かれている。それが不思議に不快な文章でないのだ。著者の筆力によるものと思う。

 

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