『星を掬う』町田そのこ氏。ねじれた親子の気持ちを救うものは?

星を掬う 町田そのこ

町田そのこさんといえば『52ヘルツのクジラたち』で2021年の本屋大賞を受賞されましたね。人の心のひだを見通すような作風だなと感じています。

今回のこの本は2021年秋、中央公論新社より発売になりました。受賞後の第一作目とのことです。

『星を掬う(すくう)』というタイトル。掬うは救うとのダブルミーニングなのかな?とか…。ネタバレしないようにご紹介したいと思います。

『星を掬う』町田そのこ 中央公論新社

 

夏の思い出

 

千鶴には小学1年生のときのとっておきの夏の思い出がある。母と二人で1か月間、車で旅をした。奔放で快活な楽しい夏休みとして記憶にある。

だが旅の終わりは突然やってきた。旅先に祖母と父が迎えに来たのだ。母も当然、共に自宅に戻るのだと思っていたが、その日を境に母は姿を消した。

千鶴はそれから「母に捨てられた不幸な娘」であると思ったまま成長する。

働きに出た千鶴はすぐ結婚するが、夫は暴力で妻を服従させる男だった。逃げても逃げても追いかけてくる。千鶴の生活は底辺を這いずるほどになる。働いても夫にむしり取られるからだ。

絶望した千鶴は死をも考える。だが自分がふと公表した「母との夏の思い出」が事態を転回させる。

千鶴はDVから逃げることにした。全てを捨てた。生き別れた母の住む家にかくまってもらえることとなった。

20年ぶりに再会した母 聖子はしかし、記憶の母ではなかった。お洒落で聡明だった母は病を得ていた。その母の周りに血はつながらないが愛情を持って接する女性たちがいた。

星を掬う 町田そのこ

これは連綿と続く母と娘の物語

 

この物語は、愛情、憎悪、束縛、謝ることと許すこと。母と娘という関係を知っている人なら一度は触れたことがあるだろう感情が渦を巻いているようだ。

突然、登場人物の思考が過去へと遡っていることがある。これは誰のいつの記憶?と思ううちに現実世界に引き戻されていく場面がよくあり、読者は遅れて気が付く。それは話し手の心が揺れているということだ。過去にとらわれて進めない状態なのかもしれない。

母の無限の愛情、それが覆されたと子ども自身が感じた時、激しい憎悪に変化するようだ。千鶴の中ではそれが大人になっても屈折したまま心にとどまっている。

千鶴は攻撃する。「なぜ捨てたのだ」「母が捨てたから夫に殴られ追い詰められた」。自分でもそれが母のせいではないとわかっていても止められないのだ。母だけでなく周囲の人にも言葉の刃を向け、自分自身も深く傷ついていく。

そんな折、母 聖子は突然いう。

「家族や親って言葉を鎖にしちゃだめ」

「私の人生は、最後まで私が支配するの。誰にも縛らせたりしない」

”無限の愛情”をなぜ求めるのか。そしてなぜ強要するのか。その情感を突き詰め達観した聖子の言葉は神々しい。この物語の根幹をなすものだと思う。

たとえ大人になろうとも母との関係は特別である。それは千鶴と同様、甘美でありつつも苦々しい裏腹の記憶がないまぜになってることもある。千鶴と聖子の母子関係だけでなく、周囲の人々にとっての家族の問題も掘り下げ絡み合って、話は進む。

母子は二人きりで存在するのではなく、助け助けられてなんとか支えられているという事実を登場人物も読者も痛いほど理解するのである。

星を掬う 町田そのこ

人生のそこここに置いてきた星たちのビッグバン

 

終わりに近づくにつれ、この物語のところどころに置いてきた星々が収斂されていく。それは良いことばかりではない。解決していないことは思わぬ形で暴発するのだ。暴発は不幸であるが前進のきっかけでもあるようだ。

登場人物がたどる半年ほどのお話を読み終わり、あなたが後にエピソードのひとつを思い出しては両手で掬い上げる。わたしは千鶴みたいだな、聖子みたいだなと考えたりもする。

母と娘という強い愛憎を考えるときに、ふと思い出す小説になると思うのだ。

 

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