瀬尾まいこ氏『夜明けのすべて』『幸福な食卓』を読み比べる。

夜明けのすべて

読む人をほろ苦く切なくさせる作家さん、瀬尾まいこさんの著書を2冊ご紹介します。
読み比べてみると瀬尾さんの心持ちも変化したのだろうなあ…と感じるのです。

『幸福な食卓』瀬尾まいこ(講談社文庫)初出2007年

幸福な食卓

タイトル通り、登場人物たちが作る食べ物がキーワードとなり気持ちを代弁する存在となっている。

主人公の佐和子は中学から高校に至る思春期の女の子。教師と父をやめると宣言する父親と、その父の過去のできごとにより家を離れている母、どっしり構える佐和子の社会人の兄。
みんな健在だ。
だが皆どこか心が弱まっているようす。
触れれば折れてしまいそうな心を抱えて生きていて、その弱さを言葉や食事で支えあっているのだ。

食事。例えば父が「父をやめる」と宣言した日、佐和子は実母のアパートを訪ねる。実家では”栄養バランスと美味しさ”を兼ね備えた食事を作っていたという。

家出母となった今は生クリーム和え蕎麦なるもので娘をもてなす。第一印象と違い美味しいと佐和子は感じて心を和ませる。

この家の朝食は晩餐にあたるようで、朝から兄がステーキを焼いたりしている。
食物の重さは決意の重さに比例しているのか意外なことを告白され、胃が重くなる佐和子。

この家族は揺らぐ自分の心を律する術を持っているのか、次第に家族の外側に支えとなる人や職業を見出し始める。
ページの残りもわずかになって、物語が穏やかに収斂していく予感を読者は持つ。

著者はその局面で話を暗転させるのだ。なぜなんだ。

心を再生させるものは何か。
ばらばらの家族は食事を作り一つの食卓に座る。回復の兆しは遠くてもそれでも食事は毎食毎日続く。
ご馳走を目の前にして、手をつけないところから人の生きる兆しは始まるのだとわかる。

ゆるゆると自分の世界が新たに開けていく感覚を読者も感じることができるだろう。

『幸福な食卓』から約13年の年月を経て、自分自身突然の病にに襲われたという瀬尾さん。その経験を乗り越えて書き上げられたのが次にご紹介する本である。

 

『夜明けのすべて』瀬尾まいこ(水鈴社)初出2020年

夜明けのすべて

登場人物がリンクしているわけではないが、主人公たちが抱える心の繊細さは同様のものを感じる。
今回はPMSに苦しむ女性とパニック障害を持つ男性が話の中心だ。
この二人は反駁しているが、自分が支えられる部分もあると気がついた。

次第にお節介や滑稽な方法で手を差し伸べるようになる。それはすれ違いや反発を引き起こしはしても、内心感謝するのだ。
周囲の人々も目立たないようにフォローし応援し、見守っている。
出てくる人がみんな心優しいのだ。
ゆっくりゆっくりと主人公たちが歩む姿に、応援の気持ちが芽生える。

読者は自分はどうだろうか、もう少し周りに丁寧にならなければな…と自省するのではないか。
そして私も無理のない歩幅で歩いていこう、と思わせるお話なのだ。

読み終わった人は、美しい装丁のこの本をそっとなでるような、そんな読了感だ。

著者は主要人物たちの周りを優しい手と手で支えてつなぐ作家さんだ。
それが2作読んでわかったことだ。

瀬尾氏はこの十数年の間に、穏やかな日常の強さを再確認したのではないだろうか。
大きなできごとが起こらなくても、人は幸せをめざして歩んでいけるに違いない。

この『夜明けのすべて』にはそんなメッセージが潜んでいるような気がするのだ。


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『夜明けのすべて』の水鈴社さんは2020年創業の新しい出版社です。
代表者の方は敏腕編集者さんだと経歴でわかるのですが、このご本にかける意気込みを読んでそのフィルターを外しました。
本を一冊世に送り出すというのはとても大変なことなのだ、ということを知り、ますます応援したくなる会社なのです。

 

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