【本を売る人】『一万円選書』から考える、本を勧めること。書店のあり方。

『一万円選書』岩田徹 ポプラ新書

北海道の書店主さんがあなたのために約一万円分の本を選んでくれます。でもお勧めの本って、どう判断するんだろう。そこには店主の岩田さんの想いがあります。岩田さんが読者に依頼する選書カルテ。本を選ぶための静かな対話は、あなたの心の浄化にも作用するようです。あなたの本選びにも、書店員の方なら自分のお店を見直すきっかけに、きっと役立つ岩田さんの一人語りです。

『一万円選書 北国の小さな本屋が起こした奇跡の物語』岩田徹 ポプラ新書

岩田徹(いわた・とおる)1952年北海道美唄市生まれ。いわた書店店主。札幌市から車や電車で1時間ほどにある砂川市で、家業を継ぎ90年から書店を経営。独自の選書サービス「一万円選書」が話題に。(ポプラ新書表紙カバー裏より引用)

本屋の経営不振から始まった選書サービス

先代の父親からの地盤を引き継いで、北海道砂川市でいわた書店の経営者となった岩田さん。地方都市の小さな本屋だ。2000年代に入り、大規模書店やネット書店に負け続け債務は膨らむばかりになっていたという。

そんな折、高校時代から付き合いのある先輩から一万円札を渡され、こう頼まれた。

「これで、俺に合うおもしろそうな本を見繕って送ってほしい」

ここで岩田さんはこう考えた。「これは本屋にとって究極の問いだ。」「おもしろい本をすすめて、その人にとって新しい本と出会ってもらう。これこそ本屋の仕事でしょう?」

一過性の注文ではなく、このできごとを自分の職業の使命と考える。ここからゆるやかに、いわた書店は変わりはじめる。

転換点となったのが「読者の目線で本棚を見直す」ことの大切さだと、岩田さんは述べている。『読者が「いま何を読みたいか」にもっと耳を傾けて本をおすすめする本屋になりたいと思うようになりました。』

ここで書店主としての行動は二つに分かれる。

一つは独立独歩、取次(問屋)を通さず自動配本を受けず、来店客に本当に読んでほしい本を選び棚に並べる本屋になること。入荷した本を基本的に返品しないという選択肢は足かせにはなる。しかし選書眼のある書店主なら、唯一無二の棚を作り上げることができる。

もう一つは書店側が来店客とコミュニケーションをとって、その方に見合う書籍を紹介するという高度な接客を伴う手法。これが岩田さんのとった戦略だ。実店舗があるのならこれが王道ではある。ただ待ちの姿勢では先細りの一方なのも事実だった。

岩田氏は自店のホームページに「一万円選書」の告知を出したのは2007年。地元以外の人々にも広く「本を選んで届けますよ」というメッセージを発信し、攻めに転じたのだ。斬新なアイデアに一縷の望みをかけた。しかし反応はほとんどない。たまにテレビで取り上げられることもあったそうだが一過性にすぎず、安定からは程遠かった。

2014年、民放の深夜番組の取材を受けた際も岩田氏は期待をしていなかったという。一過性のブームだった悪い前例があったからだ。だがSNSが流れを作る時代に乗り、一万円選書の情報が波及した。Twitterのリツイートによって認知度が一気に高まり、岩田氏に選書してもらいたい日本中からのオファーが殺到したという。

『放送3日後には555件の申し込みが来たんです。これ以上受け付けるのは無理だってことで、募集をストップしました。』

一万円選書が軌道に乗りやっと経営が安定したという。経済的な余裕と『一人ひとりに自分がいいと思った本を届けられる。』という仕事の喜びが同時に訪れ、今に続く選書活動が始まったのだ。

今や、一年に一度、7日間のみ募集期間を設け、一ヶ月100人を抽選で決定する、というとても狭き門になっているのだ。こんな本の売り方があるなんて、と驚く事実である。

選書カルテから始まる本選びのカウンセリング

会ったことのない相手にぴったりの本を選ぶ。難しい作業だ。選書の鍵となるのが「選書カルテ」というオリジナルの質問票。

・これまでに読まれた本で印象に残っている20冊を教えてください。

・これまでの人生で嬉しかったこと、苦しかったことは?

・何歳のときの自分が好きですか?

・これだけはしない、と決めていることはありますか?

・いちばんしたいことは何ですか?あなたにとって幸福とは何ですか?

etc…

本を選ぶということの重みを感じる。このリストを見て、岩田さんに選書してもらうのをあきらめた人もいたのではないだろうか。面倒に感じるのは、きっと自分と向き合うのがしんどいからだ。このリストに記入するということは自身の内面を掘り下げる作業だ。日頃、忙しさにかまけて考えてこなかったこと、深く呼吸して心の底を見つめ直すのは時間がかかり思い出したくないことも浮上してくる。

『選書カルテを書くのには、時間も覚悟も必要なんです。(中略)書く過程で結果的に、思い出したくない過去の傷に触れてしまったり、乗り越えなきゃいけない課題を見つけたりするわけです。』

『実は、カルテを書いてもらった時点で、選書のための作業はほぼ終わっている、とも言えるのです。』

この難題を乗り越えた希望者だけが岩田さんの選ぶ本を手にすることができるのだ。

『顔の見えない不特定多数の「みんな」ではなく、顔が見える「あなた」に向けたものだったから、僕も選びやすかったし、喜んでもらえた。』

北海道の書店主に「わたし」のことを文章だけでわかってもらう。それは想像以上に難しい作業だろう。「自分が潜在的に何を求めているのか」選書カルテによって明らかになってくる。きっと書き終えた時点で「わたし」も人生の総ざらえが完了し、スッキリしているに違いない。

岩田氏の息の長い活動の理由と、選書の広がりは全国へ

岩田さんが現在も一万円選書を継続できている、希望者が途絶えない理由は何だろうか。

『自分が本当に必要な本、読みたい本を求めているからということなのではないか。』

と彼は考えている。ネットに上がってくる「あなたへのオススメ」では物足りないと潜在的に感じている人が多い、ということかもしれない。

『needs(これが欲しい・客の顕在化している欲求)を探すのではなく、wants(潜在的な欲求)を創造する」こと』

これが岩田さんの活動だと、野村総合研究所の斉藤氏が分析した。見た目の欲望に惑わされず、心の底から欲している指南を形にした書籍、それをすくい上げて提案するのが一万円選書の真髄のようだ。

自分だけでは選べないし気がつかなかったことを、全くの他者である岩田さんに指摘され書籍という形で助言してもらえる。新しい形のカウンセリングともいえる。そして岩田さんだけでは手に負えなくなったこの一万円選書は、全国に波及している。各地の本屋さんなどで独自の進化を遂げながら一万円選書の活動は広がっているのだ。

例えば

隆祥館書店(大阪市中央区)

大阪市の谷町六丁目にある昔からの本屋さん。コロナ禍を機に一万円選書を始めた。いわた書店さんと同じくネット上で希望者を募り抽選の上、選書する形。こちらも激戦のようす。

選書屋さん

妄想ショップはルクア大阪のトキメキ事業部が運営するお店です。」 JR大阪駅に隣接しているルクア大阪。ここのメインスペースで不定期に開催されるイベントが妄想ショップ。

妄想ショップは一目見て「そうそう思ってた!」ということを本当にやっているおもしろ企画。現実には無理だよなーと思うことを実際に立ち上げている。

選書屋さんは、基本は一万円選書と同じコンセプト。実際に書籍を売ることはなく、選書リストとその本をあなたに選んだ理由を教えてくれるところが本家とは違うところ。その他の妄想ショップを少し挙げると、

・自分のクローゼットの中だけで素敵なコーディネイトを考えてくれる

・自分の決意をイラストレーターさんが待ち受け画像にしてくれる

・診断チャートに記入したらイケボが妄想ストーリーを話してくれる

など直接ルクアを訪れること、満足いく体験ができること、これがルクア全体に対する印象向上につながり、リピーターとなるきっかけ作りを目指しているのだろう。

この企画はアイキャッチ(広告の見た目)もそれぞれ可愛く、従来の百貨店利用層より若年層を狙っている。妄想ショップのホームページを眺めて思ったことが、上記の野村総研の方の言葉だ。「wants(潜在的な欲求)を創造する」。妄想とは潜在的な欲求なのだな、と改めて感じる。

「みんなおもしろい本を探していました。いままでの、僕ら書店の読者へのアプローチが間違っていたのかもしれない、そう思うようになりました。(中略)それだけ手つかずの市場が広がっているということでもありました。」

岩田さんのこの言葉は重い。本が売れない、モノが売れないというのは言い訳なのだと。どのアプローチが将来の読者の心に刺さるのか。暗闇の中を探りながら自分にとっての正解を見つけていく作業、それは書店で働く人たち全てに求められていることでもある。

『一万円選書』を読んで考える書店の未来

『一万円選書が軌道に乗って、自分が気に入った本だけを仕入れるようになってからは、返本率が減り本の回転率がよくなって、大きくはないけれどしっかり利益が上がるようになりました。書店業界の返本率は大体4割と言われていますが、いわた書店では仕入れた本の98%は売っています。』

ここからは書店員としての立場で考える。書店の現場で働く人々なら、返品率2%は驚異の数字ではないだろうか。新刊が毎朝休む間もなく入荷するのだから、既刊本のどれかは棚から引かなければならない。返品率は4割を超える場面もあるかもしれない。

いわた書店は地元の商いと一万円選書という枠組を確保しているからこそ、ほとんどを売り切るのだろう。日本国中全ての本屋でそれが可能かと言えば、もちろんほぼ不可能だ。

入荷と返品の戦いの中、書店員はどうやって良い本、本当にお勧めできる本をお客さまに届けられるのだろうか。

「本という世界で、新刊が波打ち際にいるとすれば、既刊は深くて広い大海原。」

「おもしろい本を書いてくれた作家からもらったパスを読者につなげるのが本屋の役目です。」

新刊と補充の棚入れに手を焼いているうちに就業時間が終わってしまう書店員も多いだろう。私もだ。大規模店舗やチェーン展開のお店なら施策にも追い立てられる。
上の岩田さんの言葉を借りるなら浅瀬でチャプチャプやっているだけで、言葉の海の神秘や豊潤な深海を知らないまま書籍を売り続けている、ということかもしれない。

ここで岩田さんの現在の姿を表した「wants(潜在的な欲求)を創造する」という考えを自店舗に当てはめるのが良いのではないだろうか。それぞれ地域性、客層、時流を加味しながら、wantsを探っていく。

岩田さんが選書カルテを、ルクアのイベンターが妄想を、それぞれ深掘りしつつお客様に届けている。私たちの店でできることはなんだろうか。小さな一角でもそれを具体化できれば、書店員としても成功体験になるのだ。

例えば、版元からのお仕着せではないフェアを立ち上げるとする。お客さまの「潜在的な欲求」をできるだけ満たすこと。意外性がある本の並び。思ってもみなかった本と出会いを提供すること。だんだんと独立書店の棚に寄っていく気がもするが、従来の発想から離れたところに大海原があるのだろう。

岩田さんは一万円選書のノウハウを全て開示している。誰が真似をしてもアレンジしても構わないというスタンスも素晴らしい。彼の与えてくれたヒントを私たちがそれぞれ置かれた場所でどう咲かせるのか、考えるきっかけを与えてくれたのだ。心して再読し実践したいと思う。

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