昭和30~40年代に働き盛りだった女性たちって、家事も仕事も完ぺきにこなすスーパーウーマンのイメージがあります。
田辺聖子『ジョゼと虎と魚たち』と伊藤まさこ『母のレシピノートから』の2冊を読むと、その上チャーミングで強い人々なのだなと実感するのです。
『ジョゼと虎と魚たち』田辺聖子(角川文庫)
職業を持ち自立した女たちの密かな恋の短編集。
昭和40年代頃の30代前半独身女性は既に「ハイミス」。
令和の今そんな言葉は生きていないが、心がざわつくのは今も昔も同じだと思う。
ハイミスの彼女たちは一様にクリエイティブな仕事に就いている。脚本家、ブライダルフラワーデザイナー、インテリアコーディネーター…。
必ず1人になれる部屋と料理の腕と美の追求と運転技術を持つ。その上で男と寝たり寝なかったり。結婚しなかったり離婚したり。
柔らかな大阪弁の中にも確固たる意志を持つニクいおんなたちだ。
女たちは夕飯を男に振る舞い、手の込んだお弁当を男に持たせる。
これを旧態依然とした女と揶揄するのは簡単だが、料理が上手なら食べてもらえばいいではないか。退社後の一人の夕食も美味しく作り食べられるなら幸せなことではないか。
田辺聖子氏の人柄と生き様が登場人物に現れているようで気持ちが良い。
女一人で働き恋をし食べて生きること。
これを自立というのだろう。
この短編集で異色なのは『ジョゼと虎と魚たち』。
下肢に障害のあるジョゼが大学生恒夫と暮らし始める。
ジョゼは幸せのど真ん中で「完全無欠な幸福は、死そのものだ」と悟る。
主人公にこれを言わせたのはこの物語だけではあるが、細い身体の女たちが男に包み込まれるようになっている時、きっと2人は同化し、暖かくも死んでいるのだろう。
と、全編通して読んで思った。
映画の「ジョゼ」と短編のそれとは結末は違う。
映画は短編の新婚旅行のその後も話が続いていた。
田辺さんの書きっぷりは、登場人物と同様 潔い。
目の前のものを愛せど執着しないところ、羨ましい程の決断力だ。
『母のレシピノートから』伊藤まさこ(ちくま文庫)
田辺聖子氏が描く女性たちが昭和40年代に結婚したらどんな女性になっただろうか。
ここがこの2冊の共通点である。
自立した女がハイスペックな男と一緒になり家庭を築く。
伊藤まさこ氏のこの本はノンフィクションなのだが、ジョゼたちの続きを読んでいる気もする。
横浜の裕福な一軒家、たっぷりのバターやふんだんなお肉の料理。料理上手で家族を愛し家庭での仕事を十二分に楽しんでいる。
昭和40年代中盤にこの家に生まれた娘まさこ氏は、孫とともに実家に帰ってはママの作るお昼ご飯を待ち、お土産にお手製お味噌を持って帰り、ミントもバランもママの庭にて育ったものを手折る。
ママに甘えすぎじゃないの?と思いもするがこのお母上は鷹揚に構えておられる。
皆を元気に社会に送り出すため改良を重ねつつ料理する。
この心意気は見習うべきである。
伊藤氏も記しているが、確かに母の料理の再現は困難だ。
わたしは何気ない野菜炒めや豚汁が好きだった。
一主婦の台所の歴史を世に送り出す筆力を持った娘は親孝行だ。甘えるだけの価値はある。
市井の人が作ったこと感じたことは土に帰れば忘れられる。それは儚いことである。
田辺聖子氏が描いた人物たちは今70代といったところか。
町で見かける心配りができる年上のお姉さまがたはきっとあの彼女たちなんだろう。