【本を売るひと その7】書籍が返品できるのはどうして?~雑誌の返品を例に考える~

書籍返品についての謎

書店で働いている皆さんは、飲食店やそのほかの業種の小売りで働いたことはありますか?仕入れた食材、入荷陳列させた商品。値下げしてでも売り尽くすか、業者に安価で引き取ってもらうか。仕入れたメーカーに返品できることは基本的には、ないと思います。しかし書店の業界では返品返本は日常業務の一環です。なぜその制度が通用するのか、掘り下げて知ることは書店員の懐の深さとなります。

目次

返品と再販制度の切っても切れない関係性

家電品の場合

例えば家電商品、あなたはP社の冷蔵庫を品番までちゃんと決めて買うとします。地元密着の電気屋さんで購入する場合と、〇ドバシや〇ッグカメラなどの都心の大型店舗で購入する場合。どちらがお得なんだろうか。

商品は同一だけれど、きっと大型店舗のほうがお値段安いだろうなと想像がつきます。今なら価格コムで最低価格を調べて、ネット注文する機会も多いでしょう。

メーカー側がオープン価格を提示してれば、消費者側は”メーカーの希望する価格”を知ることはできません。価格設定は各小売店の裁量に任されています。激しい価格競争はデフレの一因でもありますね。

小売店は仕入れた商品を利幅を考えつつ、ポイント還元したり値下げを試みたりして売り抜けることが命題となっています。売れ残った冷蔵庫をP社に返品することはないでしょう。

さて書店ではどうでしょうか。

パナソニックが「指定価格制度」を拡大させているという記事が読売新聞に掲載されていました。(2022/10/20)これは上記で偶然”P社の冷蔵庫”と例を挙げて説明した通り、返品できない代わりに小売店が値下げするのを容認してきました。『メーカーが価格を支持することは独占禁止法で禁じられている』からです。その商慣習を改めようとする動きのようです。
この新たな制度は、『小売店が返品でき、在庫リスクをパナソニックが負うため、「メーカーによる直接販売」と見なされて違反にはならない。(中略)新制度によって製品の寿命が延び、競争力のある製品の開発に集中できる』とのことだそうです。記事によると現在はパナソニック独自の動きだそうですが、この制度が成功すればほかのメーカーも追随するのではないか、とアナリストがコメントしています。
家電に関するこの動きが広がれば、書籍の慣習と同様、メーカーからの送り込み、小売店側からの過度な返品、と書店業界でよくあるひずみがほかの業界でも起こりうるということです。

雑誌の場合

返品も仕事のうちである書店ですが、特に雑誌担当者にとって入荷と返品作業は同等の意味を持ちます。今回は雑誌を中心に見てみましょう。

入荷と返品が交錯する雑誌

雑誌担当は忙しい。週刊誌や月刊誌の発売日は毎日毎週毎月やってきます。本日発売の週刊新潮が、先週号先々週号と並んでいる店はありません。先週の記事は古い話題として、先週の売れ残りの週刊誌は即座に入れ替えます。売れ残ったものは返品するのです。

制度的に、通常の週刊誌は発売日から45日、月刊誌は発売日から60日は返品までに猶予があります。出版流通条件といいます。その日までに返せばペナルティは受けないという仕組みです。

ただ書店の棚は有限です。バックナンバーだらけでは新刊書店ではなくなってしまう。雑誌売り場はお店に入ってすぐの場所に配置している書店さんが多いかと思います。お客様の目を引くためにも新刊でピカピカにしておきたいのが心情です。

うっかり棚下に落ちてしまった不幸な雑誌が数か月後に発見された場合などは、返品了解(返品期限が過ぎた商品を出版社に返品するため、出版社に許可を得る作業)を取る必要があります。たとえ1冊でも電話やFAXでやりとりする場合が多く、双方にとって手間なのです。

その上、出版社が”許可しない”こともあります。「返品了解不可」以外では、版元倒産という恐ろしい状況の時。雑誌/書籍に関わらず、返品してもあなたのお店に戻ってきます、ブーメラン。その場合は永遠にあなたのお店の棚やバックヤードに眠ることになります。書店としてどうしても避けたい現象です。

(いわゆる「書タレ(しょたれ)」状態です。きれいな単語ではないので現場で自ら発音はしません)

出版流通条件に関しては、出版科学研究所(社団法人全国出版協会の機関)のページが信頼できます↓

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バックナンバー確保型の雑誌は前月号を置いている書店さんもありますね。BRUTUSやHanakoなどのマガジンハウス系、SAVVYやMeetsRegionalなどのエルマガジン系、週刊ダイヤモンドや週刊東洋経済などのビジネス週刊誌系、dancyuなどの食や旅マガジン系など…。少々時間が経過しても読み物として情報として活用できるものは店頭にしばらく置かれているようです。出版社側も認識しています。この雑誌たちを返品する場合も「返品了解」の作業は必要となります。

増刊号扱い雑誌のリミットについて

週刊誌のタイトルを借りた増刊号。通常サイズの月刊誌のミニサイズ版。

このグループの雑誌は通常の雑誌より返品期限が長い場合があります。

雑誌の返品期限

日経ウーマン2022年7月号増刊の雑誌コードとリミット表示 。「L-2022/8/5」がこの雑誌の返品期限。

多彩な業務に追われる書店員の負担軽減のためか、リミットと呼ばれるLから始まる日付をバーコード横に記載して、返品期限を明記しています。

写真に挙げた日経ウーマン2022年7月号増刊は6/7発売。リミット日は8/5なので基本的な雑誌の返品期限(60日)と同様ですね。

週刊か月刊か隔月か、によってリミットもまちまちですし、実際の発売日を個別にこと細かに覚えていられません。その代わりに行うのがリミットチェック。定期的に自分たちの目でバーコード部分を確認する作業です。”永遠に棚差しされる雑誌”が発生しないように細心の注意が必要なのです。

休配日(通常の入荷のない日)や日祝を利用してリミットチェックしつつ、棚整理するのが雑誌担当の重要なルーティンです。

通常版と増刊、特別版など百花繚乱、現場は混乱

例に挙げた日経ウーマンはA4サイズの通常版と今回写真に挙げたB5サイズの増刊扱いの2種類が同時に発売されています。サイズが異なるだけで内容は基本的に同一です。月によってミニサイズ版が刊行されなかったりもする、ややこしい世界なのです。

女性誌に多くみられる発売形態で、内容は同じまたは、特集ページがちょっと盛られていたりします。

例を挙げてみます。

・一つの雑誌の同月号でアイドルが表紙のポージング違い2パターン刊行、特集が通常版とちょっと違う。通常版、増刊、特別版。などと背表紙にそっと記載されています。(つまり同一名同一月の雑誌が3種類刊行される)🌀

・美容系雑誌で化粧品サンプル付録のレベルが異なった2種類を刊行。サンプルの説明ページのみ内容が異なる。

・〇ィーンアンドデルーカの保冷バッグ付き付録は書店のみの発売で、〇ィーンアンドデルーカの水筒付き付録はコンビニのみの発売。

などなど……

付録に振り回されているのが雑誌売り場の現状ともいえます。付録に力が入っている出版社さんの本誌(雑誌そのもの)は年々うすーーーーーくなっています。おまけが重要視される玩具菓子みたいな気持ち。そんな気持ちで書店員総動員で雑誌と付録を組んでいく作業は、何屋さんやねん!とツッコミたくなるのが本音でもあります。

再販制度

再販制度は正式には「再販売価格維持制度」という名称です。

都心のメガ書店とローカルな地元書店という構図を、先述の冷蔵庫の論理で考えます。出版社が書籍をオープン価格で設定していたとしたら、という仮定です。

都心は価格競争もあり価格が下がります。一方地方の書店は輸送費コストがかかり、販売数も多くは見込めないとされ、経費を載せた価格設定にせざるを得ません。

都会ばかりが豊富な書物に囲まれ、地方では選べる種類も少なく、同じ本なのに都会より高価な価格で買わざるをえない。そんな社会では日本に住む人々の知的探求心に格差が生じます。

独占禁止法では再販売価格の拘束を禁じているが、出版物に関しては1953(昭和28)年の法改正により、文化・教養の普及の見地から適用除外が認められた。これにより、読者は地域の格差なく全国どこでも同一価格での購入が可能となり、出版社は自由な出版活動が守られ、多種多様な出版物の供給が可能となっている。(出版科学研究所HPより抜粋)

独禁法の適応除外によって全国津々浦々、同じ書籍が同じ価格で買えるのです。そして売れないからと、書籍の値段を下げて販売することはできません。競争原理が発生すると、またもや都会と地方の論理が生じるからです。

年に一度売れるか売れないかというような専門書を本屋の片隅に置くことによって、人生が変わる人がいるかもしれない。願いのこもった制度だと思います。

ただこの制度は”ひずみ”も生じます。何年も売れなければ書店は返品せざるを得ません。

返品率が高まると出版社も危機を感じます。カバーをかけ替えて再送する。それでも返品されれば泣く泣く断裁(廃棄)する。

捨てるくらいなら在庫を値下げしてでも売り切ってしまいたいと考えるのは、通常のメーカーと同様です。

1980(昭和55)年には、出版物は法定再販の指定商品であるとはいえ、すべてが再販を前提として定めるものではなく、出版社の意志により、再販指定ができる「部分再販」、一定期間後はその指定を外すことができる「時限再販」に改められ、出版業界には、その実施や流通改善などが求められた。(出版科学研究所HPより抜粋)

スーパーの催事や仮設店舗で「バーゲンブックス」のワゴンをご覧になったことはありますか?特にレシピ本やノウハウ本などの実用書や絵本が多い印象ですが、定価の何割引きかで書籍が売られています。この本たちは古書ではありません。この状態が上記の「時限再販」にあたるのです。

「時限」と銘打っているので、期限付きの値下げです。催事場や仮設店舗で期間と場所を決めて販売する書籍です。野放図にブックスをバーゲンされては新刊書店は成り立たないからです。こうやって新刊書店の存在を守っているともいえます。

近年、美容雑誌などは前月号に数百円引きのシールを貼って、新刊書店店頭でも販売していることがあります。出版社からシールが送付されるのです。この状態も約1か月の起源が付いている時限再販です。

こうしてみると書籍雑誌は法律にぬくぬくと守られた商品群なんだな、と改めて感じるのです。

その温室状態が年々書籍販売額を下げている理由の一つなのかもしれません。国会でもこの制度の改正が議論されたそうですが、2001年の段階で再販制度は現状維持とすると結論付けたようです。

2001(平成13)年、公取委は再販制度を「当面残置」するという結論を発表した。現在、出版業界では、謝恩価格本セールの拡大や部分・時限再販の実施、雑誌の年間購読割引実施などの制度の弾力的運用を進めるとともに、流通改善を図り、真の読者利益につながる方向性の追求を進めている。(出版科学研究所HPより抜粋)

そのまま現在に至っています。

再販制度については下記のページを参考にさせて頂きました。

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返品と配本はシーソーゲーム

返品の数量は当然出版社は把握しています。書店Aの返品率が高ければ、次回の新刊の配本数が減らされるという、双方にとってシーソーゲームのような展開となっています。

他の業種のように返品できないぞ!といった意気込みで発注をするのは大切です。ただ返品率を気にするあまり、データを掘って掘って売れ筋ばかりを発注したらどんな棚ができあがるか。ベストセラーしか置いていない面白みのない店の誕生です。それではせっかくの書店員人生もただのやっつけ仕事です。返品できるからこその自由な棚作りともいえるのです。

別の機会に書こうとは思っていますが、再販制度や委託販売制度から抜け出した本屋さんも存在します。そんなお店は小規模でもずっと滞在してしまう楽しさがあります。店主さんこだわりの棚をじっくり眺めていたいのです。返品しないという選択はご苦労も多いかと思います。でも出版社や判型やジャンルにとらわれない棚づくりを見ていると、本屋さんは小宇宙だと思えるのです。

ただ一般の書店で雇われている書店員がそのまま真似をすることは難しい。与えられた枠の中でどれだけ考えて配架するべきか。それも小さな宇宙だと思っています。

最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。お互いに知識を補充して書店に向かいましょう!!

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