『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』をすすめまくる。

「出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと」花田菜々子

出会い系サイトで出会った人に本を勧める。なんて無謀な、でも実話なんです。
著者・花田奈々子さんのノンフィクションなんです。

いろんな危険を回避しながらも著者は、荒くれどもや変わり者ばかりに出くわすこの東京を、そして人生を少し好きになって、一歩前へと踏み出すのです。
そこが一番の見どころ。

もうひとつの見どころは、私も誰かに本を勧めたくなっちゃう!
これに尽きます!

目次

『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』
花田奈々子 河出文庫

一歩踏み出す時とその方法

冒頭、ヴィレッジヴァンガードの店長を務める著者花田さんの生活はめっちゃ荒れています。

離婚してほどなく、何とか一人暮らしを成立させたところ。

学生時代の著者をまるごと受け入れたサブカルのカオスのようなヴィレッジヴァンガード。
人生の方向性を失いかけた主人公にとって、ヴィレバンは職場であり、心の支えとなっていたのです。

仕事が終われば私生活はひとりきり。そんな状況のまま、まずは一歩動き出します。
花田さんはFacebook上で「知らない人と30分だけ会って話す」というルールのコミュニティに潜り込んだのです。

職場と自宅との往復の人生。趣味が読書と本屋巡り、という守備範囲の狭さを自認していた花田さん。
そこから一歩踏み出すツールがWebコミュニティであるところが現代っぽいですよね。

プロフィールで「あなたにぴったりな本をお勧めします」と書く気概

あなたは人に勧められた本に苦手意識はありませんか?

原体験は誰しも「夏休みの読書感想文」に行き着く気がします。
どの本も一冊一冊には個性があって、読むと引き込まれるんです。

だけれど「推薦図書」「課題図書」の帯が巻かれただけで面白さが7割減する現象を何と名付けたらいいんでしょうか。

花田さんは出会いを求める現代の社交場に

「あなたにぴったりな本をお勧めします」

というキャッチフレーズで乗り込みました。

カフェでちょっと会話しただけですぐ性的なことをほのめかすおじさんに出会い、不倫なんぞ気にしない男に出会い、自作のポエムをみせるわりに茨木のり子氏を知らない男と出会い、年収詐称男にも対峙しました。

花田さんは悟るのです。

無機質で居心地が悪いとしか思ってなかった街は、少し扉を開けたらこんなにもおもしろマッドシティーだったのだ。なんて自由なんだろう。やりたいようにやればいいんだ。こっちだってやってやるよ。

花田さんは選書の反射神経ともいうべき能力を駆使します。
初対面の30分で、その人に合う書籍を提案するのです。
変な男たちだらけなのに。

花田さんはどんなやつにでも、その人の憎めなさを感じ取っている気がしました。
本という武器以外は無防備にも見えて、読む方もどきどきするのですが。

それは「推薦図書」とは違うオーダーメイドの選書、選んでもらった男たちもその価値を味わえよ!と読みながら思いました😅

ヴィレッジヴァンガードでの日々

その出会い系で活動している当時、ヴィレッジヴァンガードの店長をしていた花田さん。アルバイトから入って、本を売ることに目覚める過程が書かれています。

どんな言葉がいちばんこの本の魅力を引き出せるか。そんなことを考えながらその本と向き合っていると、なんてこともないように見えた本の魅力を発見できるようになり、言葉に表すことができるようになっていった。

一冊の本を自分の言葉に置き換え、人に勧める仕事。
出会い系での本のお勧めと基本は変わらないんだなと、この段落を読むとわかるのです。

店頭でどう本をおすすめするか。おもしろ雑貨からそこへ分け入った花田さんも、真剣に本を売ることの意義と面白さに没頭されたそうです。

そのヴィレヴァンも郊外店を出すようになりました。本能的なカオス状態で商品を陳列していた下北沢モデルは成り立たなくなったのです。

郊外のモールに入るヴィレヴァンはなんだか”カオス風味”を感じるけれど、ただただおもろいだけの店になっている感じがしていました。(わたし調べ)

只中にいる花田さんは当然葛藤を感じていたようです。
現実に、書籍を売るよりも雑貨や文房具を売るほうが利益率が高いのです。

経営サイドは”売れる雑貨”を売りたい。書籍販売を大切にしてきた古参のスタッフたちは歯がゆい。
花田さんが店長を務めていたお店でも、キャラグッズを全面展開しなければ成り立たなくなったそうです。

30冊もの本のプレゼン

仕事に面白みを感じなくなっていた頃、花田さんはふと思いつきます。

以前から本を勧めあっていた尊敬する職場の上司に、突如30冊の本のプレゼンをするのはどうだろうか、と。

彼の言動や性格、既読本の情報など記憶を網羅して練り上げた一方通行のビブリオバトル、それも30冊!

既知の人だからこそ甘えは許されない、そんな状況に自分を追い込んだのです。
考え抜くには忍耐が、お勧めするにはには度胸が必要だと思います。

上司がピンとこないなこの本…と感じれば、ダイレクトに花田さんに伝わるでしょう。
想像しただけで冷や汗が出ます。

その人に対して、この本はこういう本だからあなたに読んでほしいという理由なしではすすめられないんじゃないかとも思う。
(中略)
知らない人に本をすすめることは、もちろんもっと難しいことだとわかっていた。でも、このときの熱狂が、こうして知らない人に対しても自分を突き動かしてくれていたのだ。

花田さんは”誰かに本をすすめる感触”を「熱狂」と表現しました。

その経験があったからこそ、SNSで見知らぬ人々に本を勧めようと思いついたのだといいます。

人生の岐路に立たされた時、熱狂を手に戦うしかないのかもしれません。
まるで見城徹氏みたい、そんな感想を持ちました。

初対面で会話するスキルは人生を転換させる

出会い系で男女問わず他人と会い免疫力をつけた花田さんは、自分の現実のフィールドでもこの技が使えるんじゃないかと気が付きます。
職場に来る営業さんからのつながりだったり、以前から読んでいたブロガーさんにメールを送ってサンマルクで出会ったり。

初対面の壁を突破して、羽ばたき始めた花田さんがまぶしいのです。

私には安易に真似できないけれど、いや…真似できるのか?と自問自答し始めます。
人は会おうと思えば誰とでも会えるのだなあ。
みんなさまざまな理由をつけて、新たな一歩を踏み出さないだけなんだろうな。
と読むにつれて考えることになります。

花田さんはその勢いで、本当に会いたい人に震えながら連絡を取り、会いに行くのです。
ノンフィクション感のある場面、読者も手に汗を握ります。

さてあなたが本当に会いたい人って、誰ですか?

それを考えることは人生を振り返ることにもつながります。
会いたい人に会い、会話すること。単純なようで、難しいですよね。
そしてそこから人生が回りだすことだってあるんだなあ。
そんなふうに感じる一冊です。

この文庫が発売された当時の花田菜々子さんの略歴は「HMV&BOOKS」の店長さんでした。

2024年の今は、高円寺にてご自身で開いた蟹ブックスというお店に立たれています。日々、変化する花田さん。
著名な作家さんたちとの対談本を出されるほどです。ずっと「会いたい人にあって話をきく」ことを続けてらっしゃるかたなんだなと思います。

「出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと」花田菜々子

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