この小説を平凡に紹介するなら「滋賀のちょっと破天荒な女子中高生が、我が道を突き進む小説」。この題材になぜ文学好きがこぞってハマってしまうのか。その魅力を存分にお伝えします。
(2024年4月追記)本屋大賞2024、この「成瀬は天下を取りにいく」が受賞しました!!すばらしい。
本屋大賞は全国の書店員が第一次投票で推したい3冊をおすすめコメント付きで投票します。その投票数で10冊のノミネート作品が決定します。
投票の権利があるのは実際に書店や関連業に勤務している人々だけ。実名と所属の登録が必須なのです。
投票者はその10冊を全て読み(泣)、第二次投票サイトにてそれぞれに愛のこもったコメントを書きます。書店員自身が売りたい!と思った3冊を順位を決めて投票して、4月初旬の結果発表となります。
今年はこの成瀬がぶっちぎりの得票数で大賞受賞となりました。もちろん私も1位成瀬で投じましたよ。2位にはこのブログでも記事を書いた川上未映子さんの「黄色い家」を選びました。成瀬と花ちゃん、真逆のキャラなんですがふたりとも10代後半ってとこがグッときます。
【2023年12月追記】成瀬の第二弾が2024年1月24日発売となります!!!
『成瀬は信じた道を行く』
くー。かっこいいですねえ。発売をめちゃくちゃ楽しみにしています。
また成瀬で記事がかけるという幸せをかみしめます。
宮島未奈 1983年静岡県富士市生まれ。滋賀県大津市在住。京都大学文学部卒。2018年「二位の君」で第196回コバルト短編小説新人賞を受賞(宮島ムー名義)。2021年「ありがとう西武大津店」で第20 回「女による女のためのR-18 文学賞」大賞、読者賞、友近賞をトリプル受賞。同作を含む『成瀬は天下を取りにいく』がデビュー作。(新潮社HPより)
「ありがとう西武大津店」のちょっとだけあらすじ
冒頭の一編が「ありがとう西武大津店」という短編です。
ひとまず「西武大津店」とはなんだろうと、Googleさんに正式名称「西武大津ショッピングセンター」と検索をかけたのです。するとトップで上がってきたのは、著者の宮島さんが書かれた滋賀愛に溢れたブログでした。西武大津愛が詰まった記事がこちら↓
https://otsu.muumemo.com/seibu-otsu-thank-you
成瀬が活躍する「ありがとう西武大津店」を先に読んでいたので、このブログを見つけて納得しそして目頭が…。
西武大津ショッピングセンターは1976年(昭和51年)6月18日に開館し、2020年(令和2年)8月31日に閉館するまでの44年間、滋賀県民に親しまれた実在した百貨店でした。
さてあらすじを。
中学2年生の成瀬あかり、一学期の終業式。「島崎、私はこの夏を西武に捧げようと思う」友人の島崎みゆきにそう告げます。
幼い頃から通っていた成瀬にとって、西武大津は人生の一部分。でもどう捧げるというのか。県域ローカル局「びわテレ」の夕方の情報番組で、西武閉店のカウントダウン中継が毎日あり、そっと見切れるように映るつもりらしい。冒頭から成瀬が一筋縄ではいかない少女であることがわかります。
2020年の夏は、この物語でもコロナ禍。マスク姿で西武正面入口前に立つ成瀬を、島崎はテレビで確認します。ただ、いで立ちがいつもと違うような。制服のスカートの上に着ているのは西武ライオンズのユニフォーム。いつ購入したんだ。さらに両手にミニバットを持って、しっかりカメラ目線なのです。成瀬はインタビューを受けることもなく中継は終わりました。
放送後、島崎の家にやってきた成瀬は西武のユニフォームを見せます。背番号1番「KURIYAMA」。そこから平日の毎日、成瀬はびわテレのカメラクルーを探しては画角に入るように立ち続けました。2回目からはなぜか盟友島崎も背番号3番「YAMAKAWA」のユニフォームを着て現場に向かう日々です。
毎日成瀬と共にカメラに映り込むうちに、島崎の方が気持ちが入る瞬間があります。真夏の夕方に西武大津に感謝の念を送りながら、冷静に立つ成瀬。こんなに一途な成瀬にインタビューすらこないことに島崎が歯がゆい思いをするのです。成瀬にとって島崎が最大の理解者であることも分かります。
そして閉館日8月31日、ちょっとだけハラハラします。詳しくは読んでみてくださいね。
成瀬のかっこよさについて語る。
6本の短編で構成されるこの本。中2だった成瀬たちが高校生となったところも描かれます。「ありがとう西武大津店」の中で「西武女子が今日も映っている」とツイートしていた男性がいます。彼は成瀬たちとは年代も違い、一見関係なさそう。彼らと滋賀や西武大津との関わりを描いた一片もあります。男性たちの人生と成瀬たち滋賀の女子高生、最終話に向かって琵琶湖の湖面のように穏やかにつながります。
さて成瀬と島崎、この二人の関係はシスターフッドというより、ゆるやかな友情であることがこの物語の良いところです。琵琶湖の淡水のようにさらりとした関係性を羨ましく感じます。
成瀬の行動や口調は、常に断定調で潔い。振り回される島崎と読者は、戸惑いながらもなぜか目が離せません。
200歳まで生きると宣言したり、大津にデパートを建てると公約したり、高校入学と同時にスキンヘッドにしてみたりと、無限のアイデアを放つ成瀬に驚きつつも、彼女の挑戦を絶妙の距離感で応援する島崎。
そんな成瀬は終盤、自身の潔さは周囲の支えによって成り立っていることを理解します。島崎と気持ちが少し響き合わない時がありました。成瀬はびっくりするほど動揺し、日々のルーティンをこなせなくなるのです。そして即座に立て直しました。この「即座に行動する」ところが成瀬に惚れる場面です。
この物語では「普通の女子高生」島崎の存在がとても重要です。小中学生の頃はクラスの子たちとは一線を画す成瀬に戸惑いもあった島崎。西武大津のできごとを機に、島崎自身おおらかさを手に入れたようでした。そして理解者である島崎の存在のおかげで成瀬は優しさと強さに磨きをかけているようです。二人で漫才コンビを組むことになった時、島崎は成瀬にこう感じています。
「息をするようにスケールの大きなことを言う人間だ。」
面白いのは成瀬そのものなので彼女の個性を生かしたネタを作り始めるのです。(「膳所から来ました」)
確かに大きなできごとは起こりません。湖岸の女子たちは自分の住む街を愛し、隣人を愛し、生活を愛して日々を過ごしています。大きな夢が叶うわけでもありません。そのお話にどうしてこんなにパワーをもらえるのか。
それは成瀬の意思がぶれず、やりたいことをひとまず口に出すこと。それを淡々と受け止める友人がいること。それでいて内心は他者に気を使いすぎているところ。
読者は憧れを持ち、自分と同じ部分を見つけ、その上で成瀬の向かう先に明るい楽しい未来が待っているに違いないと思わせてくれる。大学生になった成瀬と島崎、成瀬たちに関わる全ての人の人生の続きを読んでみたい。そんな気持ちで読み終えることができる、幸せな小説なのです。
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