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『生のみ生のままで』綿矢りさ氏。まっすぐな想いを受け止めた先を見てみたい。

『生のみ生のままで』綿矢りさ 集英社 本が読みたくなる

逢衣と彩夏。このふたりの女性が、雷に打たれたような恋を始める。許すとか認めるとかそんな陳腐な言葉は必要なのかな。こんなに彼女たちはまっすぐなのに。人は日々、何かを演じているけれど、それを脱ぎ去った”生のまま”の自分を受け止めてくれる存在の大きさを知る小説です。

『生のみ生のままで』綿矢りさ  集英社文庫

 

綿矢りさ  1984年京都生まれ。 2001年『インストール』で文藝賞受賞。 早稲田大学在学中の2004年に『蹴りたい背中』で芥川賞受賞。 2012年『かわいそうだね?』で大江健三郎賞、2020年には『生のみ生のままで』で島清恋愛文学賞受賞。(新潮社HPより)

 

 

女の打算と見透かす女

 

主人公は憧れの高校の先輩、颯(そう)との婚約も間近な幸せ絶頂の逢衣(あい)。二人は夏の旅行に秋田の湯沢温泉を選んだ。滞在先のホテルで颯の友人琢磨(たくま)とその恋人彩夏(さいか)のカップルに偶然出会う。

彩夏と逢衣は初対面だ。テレビドラマに出始めている俳優でもある彩夏、彼女は逢衣のことをじろじろ見ている。逢衣は「ドラマの役とは違い威圧感があって友達になりたくないタイプ」だと思う。

その夜4人での部屋飲みの場面。酒を注いだり、つまみを作ったりとかいがいしく彼女業を演じている逢衣に対し彩夏は言い放つ。

「別に酌なんてしなくたっていいんじゃない」

逢衣は図星を指されたことに動揺する。好きな男に好印象を上乗せしたい。自分の打算を言い当てられて、逢衣は更に彩夏を疎ましく思う、それが第一印象だ。

 

雷鳴

 

翌日、車で海水浴に出かけた帰り、悪天候に見舞われる。ホテル付近の未舗装道路でタイヤがぬかるみにはまってしまう。男性二人が救援を求めにいくなか、残った逢衣と彩夏はバーベキュー施設の屋根の下に一時避難する。

そこに雷雲が近づいてきた。極端に雷を怖がる彩夏が迷信も構わず、身につけている全てを脱ぎ捨て地面に打ち捨てた。そばにいる逢衣の金属類にすら怯えている彩夏の目もあり、仕方なく逢衣もファスナーのついているスカートを脱ぎ捨てざるを得ない。

二人は”生のみ生のままで”抱き合いながら、頭上から降り注ぐ雷鳴と雷光の恐怖に耐えた。

このシーンで二人の距離が一挙に縮まる。客観的には滑稽な半裸の女性二人の光景が、電撃的な恋の始まりであることがわかるのだ。

 

窮地を本当に救ってくれる人

 

携帯電話ショップ店員である逢衣は、職場でのクレーマーに体調を崩すほど悩んでいた。

逢衣の彼氏の颯は、彼女の悩みを聞いても、直接的にクレーマーを退治しない。結婚したら俺が養ってやるといった古典的ワードで逢衣をときめかせるのみである。

颯の”優しさ”は、社会人としては正しい。クレーマーはその職場内で対処すべき問題だからだ。店員の身内が絡んでは事態は更に悪化するだろう。

それをおもしろ扮装と演技力を駆使して撃退してくれたのは、友人になったばかりの彩夏だった。彩夏に暗黙の了解などない。不調に陥るほどのストレスを緩和できなくて何のためのの友人か、といった心意気を逢衣も読者も感じた場面だ。

この一件で二人の女性の友情は更に深まったように見えるのだ。

 

突然恋の対象者となる驚き

 

逢衣は初めて彩夏の自宅を訪れる。そこで颯との結婚が近いことを告げる。何にも代えがたい友人だからこその報告のはずなのだが、直後、彩夏はベッドルームに引きこもった。

心配して様子を見に行った逢衣。そこで彩夏に唐突に「こんなに逢衣が好きなのに」と告白される。友人として接していた彩夏が本当は恋愛対象として自分をみていたと知り、驚愕する。

逃げるように彩夏の部屋を後にした逢衣。その後、彩夏が体調を崩して仕事を休んでいると知り再び彼女の部屋を訪れた。その場で再び告白されるのだ。

「男も女も関係ない。逢衣だから好き。ただ存在してるだけで、逢衣は私の特別な人になっちゃったの。」

逢衣は自分にはその気はないことをはっきり彩夏に告げるが、また様子を見にくることは約束してしまう。

『生のみ生のままで』綿矢りさ 集英社

この二人の愛がまぶしくうらやましい

 

この物語は上下巻となっている。上記の情熱的な告白部分は上巻の真ん中あたりだ。

読者は思う。ここからきっと二人は恋人同士になるんだろうけど、その後どうなるんだろう。周囲の理解は得られるんだろうか。激情型の彩夏と、古風な女性を”演じていた”逢衣はどう変化していくんだろう。

この後の二人の道行きは実際に読んで頂きたいと思う。著者の綿矢りささんは、この小説のインタビュー記事(『青春と読書』2022年7月号)の中でこう語っていた。

「ベッドシーンは絶対にちゃんと書こうと思っていました。」

この言葉通り、この物語の重要な個所は何度も抱き合うシーンだ。微に入り細に入り記される二人だけの睦言を、読者はまるでのぞき見しているような気持ちで息をのんで見守ってしまう。

↑『青春と読書』2022年7月号

 

下巻に入ると彼女たち二人だけではさばき切れない事態が何度も訪れる。自分が男だったら彼女をもっと守れただろうに、と思えどもそれは仕方のないこと。

男の庇護のもと生きようとしていた頃の逢衣は、読者にとって平凡な日常をみているようだった。その彼女が地に足をつけて働き、大人の女としての成長も遂げる。そして最愛の”彼女”のために全力で生きる姿にエールを送りたくなる。

この小説は逢衣の独白に終始する。彼女の視点で語られるこのお話、最終的にどんな立場の逢衣が話しているんだろうと、そこにもドキドキするのだ。

 

私は恋愛小説はあまり手に取らない。今さら高校生の青春も大人の越えてはならない一線も、はいはい大変だったね、と真剣になれないからだ。フィクションを読むにはなんらかの命題が欲しい。

しかしこの物語は2019年に単行本として刊行された当時から、気になっていた”恋愛小説”だった。愛するが故のシスターフッド感を表紙からも感じられたからかもしれない。

読んでみて感じたのは、決してぶれない二人の愛情がただただうらやましい、その一点だ。そんな恋愛ならしてみたい、そう思えた読後感だった。

↑2019年単行本刊行当時の『青春と読書』2019年7月号。綿矢りささんのインタビュー記事です。

 

※『青春と読書』は集英社さんの読書情報誌。集英社さんがその月に発行する新刊作品のインタビューや書評、連載記事が読めます。毎月20日前後に本屋さんに並びます。無料です。

 

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