川上未映子氏『夏物語』と柚木麻子氏『ナイルパーチの女子会』で女の業を読む。

SUISUI BOOKS

今回は一度決めたら止まらない女たちをハラハラしながら見守るお話2冊です。
読み手は自分の中に登場人物の要素を含むと気がついた時に ゾクッとするのです。

目次

『夏物語』川上未映子(文藝春秋)

「夏物語」川上未映子

観覧車。まとわりつく夏の暑さ。やるせない世界と生まれることの意味。
この小説で手にするものはこんな観念と体感だ。

第一章にて『乳と卵』(138回芥川賞)の振り返りがある。
小説家志望の夏子が大阪から上京し暮らす街に、姉とその娘が遊びにやってくる。

姉は東京で豊胸手術を受けることに固執している。娘は口を全く利かない。

夏休みの数日、歩く描写食べる描写喧嘩する描写眠れぬ描写、読んでいると首元がじっとりとしてくる。暑さと湿気でどうにかなりそう!と読者が悲鳴をあげれば、川上氏はほくそ笑むのではなかろうか。

なぜ焼き直しの章を冒頭においたのか。
第二章との対比または類似を際立たせるためなのか。
人生は地続きなのだから、『乳と卵』のその先を描くためには必要な工程だったのではないだろうか。

そして第二章はそれから8年後の夏子が動き出す。小説家として生きている彼女は独り身ながら子どもが欲しいと考える。人工授精や精子バンクについて調べ始める主人公。


そのころ出会った男が”自分の父親は誰なのか”という苦悩を抱えていた。自分が仮に精子バンクの助けで産んだとしたら、子どもは将来この男のように悩むのか。産みたいから産むのはエゴなのか。


次第に精神が暴走をはじめる夏子。大阪の姉の心配や、周りの激しい非難を振り払い彼女は進む。
それは別れや死を伴うものであっても、人は進度を止められない。
命の輪廻は罪なのだと諭されてもなお、命を繋いでいくことへの罪悪と幸福について主人公は考え続けている。


輪廻の象徴として2作品共に現れるのが観覧車だ。その乗り物は必ず元の地上に戻る。だが乗った人々は同一地点に帰ってきたようにみえて、乗車前とは心持ちを変えるのだ。

ハードカバーだった『夏物語』は2021年8月初旬に文春文庫として新たに発売されるとのことだ。
更に広く読まれるといいなと思う。

(2021年8月追記:『夏物語』文春文庫より発売になりました。かなり厚めの文庫本。なっちゃんの暑い夏を体感してください。)

『ナイルパーチの女子会』柚木麻子(文春文庫)

「ナイルパーチの女子会」柚木麻子

友人又は他者との距離感に悩む経験は誰にでもある。測り間違う。
生まれも育ちも世田谷の美人商社マン栄利子が、ダメ主婦おひょうのブログにはまる。対極の二人が出会うことになる。

ブログ内容からおひょうが近所在住だと当たりをつける栄利子。ブログから現実世界に誘い出す栄利子。

適度な遠慮を持った最初のお茶はあまりに甘美であった。

一度のお茶で「わたしたちは友達」と位置付けた栄利子。

展開が緊迫してくる。女の善意が怖い。善意からの束縛が恐ろしい。

これが柚木氏の小説の真骨頂だ。その後の行動はどう切り取ってもストーカーで、被害者加害者は明らかに思える。

だがダメ主婦おひょうがカリスマブロガー(上のステージの人種)に出逢う辺りから様相が変わる。

自分もステージを上げるのだと欲を持ち無理が生じるにつれて、ゆるりと暮らしていた夫との距離が広がる。

栄利子もおひょうも自ら人生の重荷を背負いこむ。誰も手助けしない。

似て非なる2人はどこか似ていて、人の心を慮ることが苦手。海底を這いずり回ってもがき、浮上しようと尾びれをばたつかせる。息苦しい。


なぜ怖くて息苦しいか。読者それぞれ、登場人物の心情に思い当たる点があるからだ。読み手はひっそりと胸に手を当てる。

この場面、相当なクライマックスだぞ、と思ってもまだ頁は半分ある。著者の粘着質な文章はうねりとうなりを持って読者すら攻め立てる。

著者は女同士のマウント、男女のいざこざ、親子の想い、夫婦のすれ違い。
その全てを一刀両断する。


皆ひとりぼっちで浮遊し、時折誰かと出会い、そしてまた一人で回遊する。
ナイルパーチという魚の比喩が徹頭徹尾効いている長編だ。

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