角田光代氏『タラント』読売新聞の連載が終わって。

タラント

『源氏物語』を現代語に訳し上げた角田さんが
5年ぶりの長編小説がこの『タラント』です。
2020年7月18日から連載が始まりほぼ一年。
2021年7月23日、東京オリンピック開会式の日に第359回で完結しました。
このお話を語りたい!そんな内容です。

目次

『タラント』角田光代 中央公論新社

 

2022年2月21日 刊行されました。改めて全文を読んだ記事がこちらです↓

あわせて読みたい
『タラント』角田光代氏。思いを受け継いで自分の”使命”を生きること。 「タラント」とは「使命」という意味だそうです。角田光代さんが描くこの”使命”とはなんなのか。主人公みのりは回り道と停滞を繰り返します。祖父の人生が明らかになる...

 

『タラント』の主人公みのり

現在40歳手前のみのり、東京のケーキ屋で働いているがどこかひんやりとした第一印象の主人公だ。

彼女の実家は香川のうどん屋さん。話は1990年代後半へと切り替わる。

大学進学のため東京へ向かうみのりの気持ちを表した部分は印象的だった。
故郷を窮屈に感じていたのか、高度を上げる飛行機に自分の未来を重ねるような期待感を描いている。

大人の読者は心がちょっと切なくなる。上昇しか思い浮かばない若いころの自分をこの主人公に見るのだ。

みのりの大学生活が始まる。
当初は誰とも仲良くなれず落ち込むが、
女子寮の先輩に声をかけてもらい息を吹き返す。
先輩に勧誘された「麦の会」というボランティアサークルに入会することで、みのりの人生が動き始めた。
その会は発展途上国の子どもたちに物資を送ったり、現地で交流したりと活動的な団体だ。親友と呼べる仲間ができ、彼らと行動を共にすることで、「自分のなすべきこと」の輪郭を描けたと感じるのだ。

社会人になった彼女は、仕事を通じて世界に目を向ける。学生時代に得た満足感を上回る手ごたえを感じたかったのだろう。

みのりは先走りすぎたのかもしれない。転機が訪れた。
彼女自身にも仲間たちにも心が傷だらけになることが起こるのだ。

 

もう一人の主人公、ぼく。

それと前後して一人の男の独白がはさみ込まれる。どうやら戦時中の若い日本兵の様子。

国のために南方に向かった「ぼく」の感覚と感情が細やかに語られる。
空腹、酷暑、恐怖そして激痛。絶望。

精神にも肉体にもたくさんの傷を負った。その彼が日本に復員したのだ。故郷の香川に戻ってくる。

しかし香川も戦火にのまれ、自分の帰る場所も見つからなかった。帰国して「ぼく」が知ったこと。絶望の底にはまだその先があった。

「何か感じてはいけない。何か思ってはいけない。」若者にそう思い込ませてしまった戦争の残酷。

その後「ぼく」はその言葉と共に人生を生きる。何にも期待せず希望も持たない流れるままの人生。

ああ、話がみのりとつながるのだと読者は思う。

 

タラントという言葉の意味

「タラント」、タレントの語源といわれるこの単語は、聖書のなかの言葉だという。題名であるタラントが物語の後半で不意に出てくる。

その言葉が出てくるころ、主人公と読者はなにかをもらったような気持ちになる。まるで手のひらにそっと宝物を載せてもらったかのような。

心が暖かになる話は安易なものではない。
みのりと元日本兵が得た苦悩は同一ではない。
ただ同じベンチに座ったふたりが同じ空を見上げていた場面は
何かを共有した瞬間だったのだと、最終話まで読んでわかった気がするのだ。

丁寧に言葉を紡いだ先に、苦しみを抱えながら生きてきた先にしかタラントは与えられない。

 

著者 角田光代さん

現実の東京オリンピックパラリンピックが一年延期になり、この小説の着地点をどうするのか
角田さんは悩まれたのではないだろうか。

角田氏の心情描写は心の奥底を揺さぶられる。
忘れていた感情をゆるゆると浮上させるような。
人生の小さな汚点や不親切や悪い感情を
あぶり出すような。

世間に迎合できない自分を持て余すこととか。
断罪されるほどの悪ではなくても、いたたまれない心持ちになるのだ。
それらをそっと差し込んでくる著者におののきながら読み進めた。

登場人物たちがそっと跳躍していく。
迷いながら諦めながらも空に向かって地面を蹴りだしている。
読者は心地よく読了したと思う。
読者は角田さんからタラントをひとつ頂いたようだ。

 

『タラント』に関する角田さんのインタビュー記事

連載開始当初の角田光代さんのインタビュー記事が読売オンラインで読めます
角田光代さん『タラント』インタビュー特別編

連載が終了したお気持ちを語る角田光代さんのインタビュー記事も読売オンラインで読めます。
角田光代さん『タラント』連載を終えて...

 

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